甲状腺機能亢進症、通称バセドウ病は体が常にマラソンをしているような過剰な代謝状態に陥る病気ですが、この「代謝が良すぎる」状態が一見すると髪の成長を早めそうに思えて、実は逆説的に深刻な脱毛を引き起こすというメカニズムには注意が必要です。代謝が異常に亢進すると、体は生命維持に必要な心臓や脳、筋肉などの主要臓器へエネルギーを最優先で送り込み、同時に大量のエネルギーを消費して熱を産生するため、体内の栄養素、特にビタミンやミネラル、タンパク質が急速に枯渇していきます。髪の毛は生命維持の優先順位が低いため、この栄養不足のあおりを真っ先に受け、毛母細胞が分裂するための材料が不足し、髪が細くなったり抜け落ちたりするのです。また、バセドウ病特有の多汗症は頭皮を常に湿った状態にし、皮脂分泌も活発になるため、脂漏性皮膚炎のような頭皮トラブルを併発しやすく、これが抜け毛に拍車をかけることもあります。治療においては、まず抗甲状腺薬によって過剰なホルモンを抑制し代謝を正常に戻すことが先決ですが、治療初期にはホルモン値が急激に変動することで一時的に抜け毛が増えることがあり、これを薬の副作用だと勘違いして服用を止めてしまう患者さんもいますが、これは体が正常なバランスを取り戻そうとする過程で起きる一時的な反応である場合も多いため冷静な判断が求められます。順調に治療が進みホルモン値が基準値内(Euthyroid)に収まると、消耗していた体力が回復するとともに頭皮への血流や栄養供給も正常化し、休止期に入っていた毛根が再び活動を開始します。回復過程では最初に産毛のような細い毛が生え始め、徐々に太く腰のある本来の髪へと戻っていきますが、バセドウ病の治療は年単位の時間がかかることが多く、症状が改善したからといって自己判断で通院を止めると再発率が高いため、医師の指示通りに治療を継続し寛解状態を維持することが、再び美しい髪を維持するための絶対条件となります。この病気と付き合うことは根気が要りますが、適切なコントロールさえできれば、病気の前と変わらない生活とヘアスタイルを取り戻すことは十分に可能です。
バセドウ病の代謝亢進が髪に与える影響と回復過程