僕が自分の髪に異変を感じ始めたのは、大学三年生の時だった。シャワーを浴びるたびに、排水溝に溜まる髪の毛の量が、明らかに増えていた。最初は「夏だからかな」なんて気楽に考えていたけれど、友人から何気なく撮られた写真を見て、愕然とした。光の加減で、僕の頭頂部がうっすらと白く透けて見えたのだ。21歳。周りの友人たちは、ワックスで髪を立てたり、パーマをかけたり、ヘアスタイルを思い切り楽しんでいる。それなのに、僕は鏡を見るたびに、スカスカになっていく自分の頭に絶望する毎日。インターネットで「若はげ」「20代 薄毛」と検索しては、AGAという三文字に辿り着き、暗い気持ちでスマホを閉じる。それが僕の日常になった。一番辛かったのは、人の視線だ。電車で前に立った人の、ふとした視線。美容室で頭を下げた時の、美容師さんのためらいがちな手つき。誰も何も言わない。でも、僕には分かる。「この人、若いのに、はげてるな」と思われている。その無言のレッテルが、僕の心を深く傷つけた。自信を失い、人と会うのが億劫になり、好きだった女の子に声をかける勇気もなくなった。このままじゃダメだ。僕の人生、このまま髪のことで悩み続けて終わるのか。そう思った時、ふと、一つの決意が芽生えた。逃げるのはやめよう。闘おう。就職活動を控えた22歳の春、僕はなけなしのアルバイト代を握りしめ、AGA専門クリニックの扉を叩いた。医師は、僕の頭を見るなり、「典型的なAGAですね。若い方は進行が早いこともありますが、早く始めればそれだけ効果も期待できますよ」と淡々と、しかし優しく告げた。その言葉に、僕はなぜか救われた気がした。一人で抱え込んできた闇に、専門家という光が差した瞬間だった。その日から、僕は薬を飲み始めた。すぐに髪が生えるわけではない。でも、僕の心の中では、何かが確かに変わり始めていた。これは、僕が自分自身を取り戻すための、長い闘いの始まりなのだ。